2024年04月30日
湯泊温泉
湯泊温泉(屋久島町湯泊1714番地28)
温泉の始まりは定かではないものの、明治期にはすでに今のように温泉として地元の方が入浴されていたということです。
湯泊集落の磯辺に湧き出る温泉でしたが、塩分はなく、ほんのり硫黄の臭いがしました。源泉は38.4℃(気温23.8℃)。
ウェブの案内の写真では、湯舟の仕切りしかない状況ですが、訪問時は簡易な小屋が建てられていました。
泉質: 低張性のアルカリ性単純温泉
適応症: リウマチ、神経痛、筋肉痛、関節痛等
湯泊の浜辺に湧き出る温泉。 源泉が、湯船の下からプクプクと湧き出しています。協力金を集金箱に入れて、いつでも入浴が可能。
目の前には大海原の絶景が広がり、波の音を聞きながら入浴する野趣満点の露天風呂です。男女の浴槽は申し訳程度の仕切りで、水着や下着での入浴はできません。(バスタオル巻きや、湯浴み着での入浴はOK。30メートルほど先にある離れ湯のみ水着OK。)脱衣は浴槽横で、岩の上やカゴの中に置きます。。
入浴前には、体を洗いますが、洗った後の汚れた湯が湯舟の上流側に溜るので、海岸側で洗ってほしいと言われました。

2024年4月25日訪問
温泉の始まりは定かではないものの、明治期にはすでに今のように温泉として地元の方が入浴されていたということです。

湯泊集落の磯辺に湧き出る温泉でしたが、塩分はなく、ほんのり硫黄の臭いがしました。源泉は38.4℃(気温23.8℃)。
ウェブの案内の写真では、湯舟の仕切りしかない状況ですが、訪問時は簡易な小屋が建てられていました。
泉質: 低張性のアルカリ性単純温泉
適応症: リウマチ、神経痛、筋肉痛、関節痛等
湯泊の浜辺に湧き出る温泉。 源泉が、湯船の下からプクプクと湧き出しています。協力金を集金箱に入れて、いつでも入浴が可能。

目の前には大海原の絶景が広がり、波の音を聞きながら入浴する野趣満点の露天風呂です。男女の浴槽は申し訳程度の仕切りで、水着や下着での入浴はできません。(バスタオル巻きや、湯浴み着での入浴はOK。30メートルほど先にある離れ湯のみ水着OK。)脱衣は浴槽横で、岩の上やカゴの中に置きます。。
入浴前には、体を洗いますが、洗った後の汚れた湯が湯舟の上流側に溜るので、海岸側で洗ってほしいと言われました。


2024年4月25日訪問
2024年04月30日
尾之間(おのあいだ)温泉
尾之間温泉(屋久島町尾之間1291番地)
およそ350年前から言い伝えが残る歴史ある温泉です。尾之間集落を中心に、地元住民によって造られ、運営されている共同浴場。毎日通う地元の常連客をはじめ、登山帰りに立ち寄る観光客も多く、足湯だけでも楽しめます。
泉質: 単純硫黄泉
適応症: リュウマチ、神経痛、婦人病等
約350年ほど前に地元の猟師に鉄砲で撃たれた大ジカが傷を癒したと言い伝えられる温泉。


登山道・尾之間歩道入口にある木造の集落営公衆温泉。浴槽は岩風呂で、浴槽の底に敷き詰められた玉石からこんこんと約49℃のお湯が湧き出しています。
尾之間集落などの地元住民によって造られ、家に風呂を作らず、毎日のように通ってくる常連客が多いです。

登山帰りに寄る観光客も多く、温泉の外には足湯もあってのんびりできます。
尾之間温泉記事
2024年4月25日訪問
およそ350年前から言い伝えが残る歴史ある温泉です。尾之間集落を中心に、地元住民によって造られ、運営されている共同浴場。毎日通う地元の常連客をはじめ、登山帰りに立ち寄る観光客も多く、足湯だけでも楽しめます。
泉質: 単純硫黄泉
適応症: リュウマチ、神経痛、婦人病等
約350年ほど前に地元の猟師に鉄砲で撃たれた大ジカが傷を癒したと言い伝えられる温泉。


登山道・尾之間歩道入口にある木造の集落営公衆温泉。浴槽は岩風呂で、浴槽の底に敷き詰められた玉石からこんこんと約49℃のお湯が湧き出しています。
尾之間集落などの地元住民によって造られ、家に風呂を作らず、毎日のように通ってくる常連客が多いです。


登山帰りに寄る観光客も多く、温泉の外には足湯もあってのんびりできます。
尾之間温泉記事
2024年4月25日訪問
2022年04月03日
明礬温泉
明礬温泉
泉質 硫黄泉
効能 神経痛、リウマチ、皮膚病
明礬温泉は別府八湯の中でも最も高いところにあり、最も落ち着きのある温泉地といわれています。江戸時代に明礬(湯の花)が採取されてきた山の温泉街です。大昔の住居のようなかやぶき小屋が並んでいるのが湯の花小屋で、明礬温泉の風物詩です。別府石の石垣が築かれ、湯の花小屋が建ち並び、湯けむりの立ち込める明礬温泉の景観は、鉄輪温泉とともに別府の湯けむり・温泉地景観として国の重要文化的景観に、また別府明礬温泉の湯の花製造技術は、国の重要無形民俗文化財に指定されています。
各地とも硫黄泉で、白く濁ったお湯が特徴です。
大露天岩風呂入口: 湯の里は、明礬温泉の中で最も有名な温泉と言えます。別府一の高台に位置する大露天岩風呂からは、明礬大橋や鶴見岳、高崎山などが眺められます。たっぷりとあふれる乳白色の湯は、健康増進や美肌などさまざまな効能があります。
湯の里
湯の花小屋

2022年4月3日訪問
明礬温泉古写真
泉質 硫黄泉
効能 神経痛、リウマチ、皮膚病
明礬温泉は別府八湯の中でも最も高いところにあり、最も落ち着きのある温泉地といわれています。江戸時代に明礬(湯の花)が採取されてきた山の温泉街です。大昔の住居のようなかやぶき小屋が並んでいるのが湯の花小屋で、明礬温泉の風物詩です。別府石の石垣が築かれ、湯の花小屋が建ち並び、湯けむりの立ち込める明礬温泉の景観は、鉄輪温泉とともに別府の湯けむり・温泉地景観として国の重要文化的景観に、また別府明礬温泉の湯の花製造技術は、国の重要無形民俗文化財に指定されています。
各地とも硫黄泉で、白く濁ったお湯が特徴です。

大露天岩風呂入口: 湯の里は、明礬温泉の中で最も有名な温泉と言えます。別府一の高台に位置する大露天岩風呂からは、明礬大橋や鶴見岳、高崎山などが眺められます。たっぷりとあふれる乳白色の湯は、健康増進や美肌などさまざまな効能があります。

湯の里

湯の花小屋


2022年4月3日訪問
明礬温泉古写真

2022年03月31日
竹瓦温泉
竹瓦温泉
唐破風造の重厚な建物。市営温泉の中でも歴史が古く、別府温泉のシンボル的存在です。明治12年(1879)創設で、当初建築されたものは竹屋根葺きの浴場でその後改築されたものが瓦葺きであったため、竹瓦温泉の名称がついたと伝えられています。
現在の建物は昭和13年(1938)に建設されたもので正面は唐破風造(からはふづくり)の豪華な屋根をもつ温泉となっており、その外観は別府温泉のシンボル的な存在となっています。天井の高いロビーは昭和初期のイメージを残しており、湯上りにくつろげるスペースとなっています。 名物の砂湯は浴衣を着て砂の上に横たわると砂かけさんが温泉で暖められた砂をかけてくれます。
泉質 塩化物泉 ,炭酸水素塩泉 ,炭酸水素塩泉
泉質別適応症 きりきず、末梢循環障害、冷え性、うつ状態、皮膚乾燥症






2022年3月31日撮影
唐破風造の重厚な建物。市営温泉の中でも歴史が古く、別府温泉のシンボル的存在です。明治12年(1879)創設で、当初建築されたものは竹屋根葺きの浴場でその後改築されたものが瓦葺きであったため、竹瓦温泉の名称がついたと伝えられています。
現在の建物は昭和13年(1938)に建設されたもので正面は唐破風造(からはふづくり)の豪華な屋根をもつ温泉となっており、その外観は別府温泉のシンボル的な存在となっています。天井の高いロビーは昭和初期のイメージを残しており、湯上りにくつろげるスペースとなっています。 名物の砂湯は浴衣を着て砂の上に横たわると砂かけさんが温泉で暖められた砂をかけてくれます。
泉質 塩化物泉 ,炭酸水素塩泉 ,炭酸水素塩泉
泉質別適応症 きりきず、末梢循環障害、冷え性、うつ状態、皮膚乾燥症






2022年3月31日撮影
2021年03月30日
黒川温泉
黒川温泉: 熊本県の阿蘇のさらに奥地。大分県との県境、九州の北部中央エリアに位置する黒川温泉郷。2000(平成12)年まで、地元新聞が発行する「熊本県万能地図」に、黒川温泉の名称がなかったほど秘境の温泉でした。黒川温泉に関わる多くの人々の手が「上質な里山」の景観を作り上げ、また「露天風呂めぐり」の入湯手形が次第に知られるようになり、全国区の温泉地として評判になりました。
黒川温泉の泉質は、10種類のうち7種類 · 単純泉(弱酸性) · 単純泉(弱アルカリ性) · 硫黄泉 · 炭酸水素塩泉 · 塩化物泉・硫酸塩泉 · 含鉄泉 · 酸性泉.
効能 神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え性、病後回復期、疲労回復、健康増進、きりきず、慢性皮膚病、慢性婦人病、動脈硬化症、高血圧症、糖尿病、痛風、慢性便秘、やけど、虚弱児童、肝臓病、慢性胆のう炎、胆石症、肥満症、月経障害、貧血
奥の湯: 黒川温泉全体を流れる田の原川上流の静かな場所にたたずむ寛ぎ宿。



御客屋
黒川温泉で三百年、半農半宿でつなぐ。江戸中期、肥後細川藩の御用宿として創業した「半農半宿」の宿です。肥後細川藩の御用宿、献上湯としての歴史を持つ当館の温泉は、明治以前まで一般の方の入浴は禁じられていました。その後長い時を経て、地元の方々の湯治場として親しまれるようになり、現在では7つの湯処を揃えています。
代官の湯: 大人10人が浸かってもまだまだ余裕の広さの露天風呂は、当館随一の開放感を誇ります。気温や湿度により、透明、白濁と刻々と色を変える温泉は、その昔細川護久公も愛でたという効能豊かな泉質を有します。
古の湯: 「姫肌の湯」と脱衣所と繋がる半露天風呂です。古書に残る当時の湯殿を模して、杉皮葺きや竹材を用いて再現した歴史情緒溢れる湯処となっております。約300年の歴史を刻んだ元湯で、ほんのり白濁した湯です。
姫肌の湯: 檜をふんだんにあしらった重厚な造りの内湯です。
南城苑
月の湯: 一面を全部解放した内風呂(半露天風呂)なので、解放感も保ちつつ雨風が気になりません。2つの浴槽は手前が少しぬるめですので、少しずつ体を温められます。浴槽のふちに腰をかけて黒川の山々を眺めながら「足水」が楽しめます
星の湯: 浴槽が3つに分かれ積み上げられたような異色の浴槽。山の景色を楽しめるよう、上へと階段状に配置しています。上がるほど湯の温度が上昇します。
2021年3月29-30撮影
黒川温泉の泉質は、10種類のうち7種類 · 単純泉(弱酸性) · 単純泉(弱アルカリ性) · 硫黄泉 · 炭酸水素塩泉 · 塩化物泉・硫酸塩泉 · 含鉄泉 · 酸性泉.
効能 神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え性、病後回復期、疲労回復、健康増進、きりきず、慢性皮膚病、慢性婦人病、動脈硬化症、高血圧症、糖尿病、痛風、慢性便秘、やけど、虚弱児童、肝臓病、慢性胆のう炎、胆石症、肥満症、月経障害、貧血
奥の湯: 黒川温泉全体を流れる田の原川上流の静かな場所にたたずむ寛ぎ宿。



御客屋
黒川温泉で三百年、半農半宿でつなぐ。江戸中期、肥後細川藩の御用宿として創業した「半農半宿」の宿です。肥後細川藩の御用宿、献上湯としての歴史を持つ当館の温泉は、明治以前まで一般の方の入浴は禁じられていました。その後長い時を経て、地元の方々の湯治場として親しまれるようになり、現在では7つの湯処を揃えています。

代官の湯: 大人10人が浸かってもまだまだ余裕の広さの露天風呂は、当館随一の開放感を誇ります。気温や湿度により、透明、白濁と刻々と色を変える温泉は、その昔細川護久公も愛でたという効能豊かな泉質を有します。

古の湯: 「姫肌の湯」と脱衣所と繋がる半露天風呂です。古書に残る当時の湯殿を模して、杉皮葺きや竹材を用いて再現した歴史情緒溢れる湯処となっております。約300年の歴史を刻んだ元湯で、ほんのり白濁した湯です。

姫肌の湯: 檜をふんだんにあしらった重厚な造りの内湯です。

南城苑
月の湯: 一面を全部解放した内風呂(半露天風呂)なので、解放感も保ちつつ雨風が気になりません。2つの浴槽は手前が少しぬるめですので、少しずつ体を温められます。浴槽のふちに腰をかけて黒川の山々を眺めながら「足水」が楽しめます

星の湯: 浴槽が3つに分かれ積み上げられたような異色の浴槽。山の景色を楽しめるよう、上へと階段状に配置しています。上がるほど湯の温度が上昇します。

2021年3月29-30撮影
2021年03月28日
武雄温泉
武雄温泉
透明で柔らかな湯ざわりが特徴の武雄温泉は1300年の歴史ある温泉。泉質はさまざまな成分が程よく入った弱アルカリ単純泉。保温性に優れ、肌になじんでしっとりすることから、昔から美人の湯と呼ばれています。

重要文化財説明

武雄温泉施設
楼門表: 温泉の入口に立つ朱塗りの楼門は、竜宮城を連想させる鮮やかな色彩と形で、天平式楼門と呼ばれ、釘を一本も使っていない独創的な建築物です。東京駅を設計した『辰野金吾』の設計で、大正4年(1915年)4月12日に完成しました。
平成17年に国指定重要文化財に指定されています。平成25年には保存修理が行われ、建造当時の朱色が復元されました。
楼門裏
新館: 平成15年に復元工事が完成し、大正初期に建てられた当時の華麗な姿が蘇りました。当時の大衆浴場の様子や、幻の浴室といわれる大正天皇のために造られた浴室、現在は製造されておらず、その当時、もっとも貴重であったマジョリカタイル、陶板デザインタイルなども見学できます。
十銭湯浴室男湯側
五銭湯浴室男湯側
五銭湯浴室女湯側
番台
温泉分析書
元湯
2021年3月28日訪問
昔(大正7年)の武雄温泉
透明で柔らかな湯ざわりが特徴の武雄温泉は1300年の歴史ある温泉。泉質はさまざまな成分が程よく入った弱アルカリ単純泉。保温性に優れ、肌になじんでしっとりすることから、昔から美人の湯と呼ばれています。

重要文化財説明

武雄温泉施設

楼門表: 温泉の入口に立つ朱塗りの楼門は、竜宮城を連想させる鮮やかな色彩と形で、天平式楼門と呼ばれ、釘を一本も使っていない独創的な建築物です。東京駅を設計した『辰野金吾』の設計で、大正4年(1915年)4月12日に完成しました。
平成17年に国指定重要文化財に指定されています。平成25年には保存修理が行われ、建造当時の朱色が復元されました。

楼門裏

新館: 平成15年に復元工事が完成し、大正初期に建てられた当時の華麗な姿が蘇りました。当時の大衆浴場の様子や、幻の浴室といわれる大正天皇のために造られた浴室、現在は製造されておらず、その当時、もっとも貴重であったマジョリカタイル、陶板デザインタイルなども見学できます。

十銭湯浴室男湯側

五銭湯浴室男湯側

五銭湯浴室女湯側

番台

温泉分析書

元湯

2021年3月28日訪問
昔(大正7年)の武雄温泉
